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プロレスとキン肉マンをメインに綴っていくインドア系ブログ。

プロレス プロレス技其の1:ドラゴンスクリュー 其の2:ドラゴンスープレックス 藤波辰爾はある意味技の開拓者

現在は、今ある技を名前を変えて、発明したかのようになっており、もう出尽くしたと言われるプロレス技。それらの中で、技とその背景を振りかえっていきます。

ドラゴンスクリュー/藤波辰爾が発明。武藤敬司がプロレス界に拡散した。

日本名は飛龍竜巻投げとあります。相手の足をキャッチし片腕で抱え、捻りを加えて、倒れ込みながら相手を投げ飛ばす技です。藤波がプロレスの神様、カールゴッチから習得しました。この技は繋ぎ技や、形勢逆転の糸口にはとても効果的です。逆に、フィニッシュ技にはならないでしょう。見たことがありません(笑)

ドラスクの第一人者としては、武藤敬司です。1995年10.9東京ドームでの新日本対UWFインターでの対抗戦で、髙田のキックを捉えて、放った武藤のそれは、形勢を変えるだけでなく、Uインターでの試合で受けたことが無かった髙田は、足を傷めてしまい、その後の足四の字固めでギブアップしました。武藤が仕掛ける技は、この技やフェイスバスター等もあの体躯で踊るようにダイナミックに決めますので、華があります。あの試合後から、ドラスク~足四の字への新たなフィニッシュムーブが完成しました。元々、膝の悪かった彼は、ムーンサルトを試合によって封印できるようになったし、これぞ、オリジナル!のシャイニング・ウィザードを開発するまでは、決め技として長く活躍しました。それから、藤波もあっ、この技いけるなと思い、頻繁にやり始めた記憶があります(笑)

現在のマット界だと、武藤の付き人を務めたこともあり、その系譜を持つ棚橋弘至です。彼は通常の立ち技時や、相手が倒れているときもドラスクを放ったりします。

実在じゃありませんが、キン肉マンもドラゴンスクリューをやってました。

 

ドラゴンスープレックスホールド。この技を超えるスープレックスはない!?

ドラゴンと名の付く技は数多いですが、ドラゴンスープレックス(飛龍原爆固め)はその中でも別格の輝きと危険度、破壊力があります。。相手をフルネルソンの態勢に捉えて、スープレックスに固める。相手は腕を極められているために、受け身が取れず頭頂部から落ちるので特に危ないと言われています。

藤波はこの技もゴッチから習得。特に有名なのは、ニューヨークのマディゾン・スクエア・ガーデン(MSG)で、ホセ・エストラーダ相手に初披露し、WWFジュニアヘビーのベルトを初奪取! 飛龍サクセスストーリーはここから始まりました。

藤波は、この技を初披露し、試合後に控室に帰ると、その技を見た選手たちがあまりの危険度に凍り付いていて、なんとも居心地がわるかったと話しています。ベイダーとの試合で腰をヤッてからは、藤波が相手をフルネルソンには取るが実際に投げたのはみたことがありません。それだけ、腰に負担がかかったのでしょう。しかし、フルネルソンに取るだけで、観客が沸くのは、それだけ藤波辰爾がのこしてきた功績と実績からに他なりません。私の記憶では、藤波が最後に見せたと思われるスープレックスは、アントニオ猪木引退試合での、対佐々木健介戦でのジャーマンスープレックスホールドです。往年のブリッジではなかったですが、猪木の引退興行にそれを出したことが感動的でした。

その後の、使い手としては、現在はゼロワン代表の大谷晋二郎選手や、やはりここでも、藤波が新日本社長時代に、スキャンダルから守ってもらった棚橋選手が挙げられます。後は、ゲーリー・オブライトでしょう。彼の技は、フルネルソンスープレックスと呼ばれていましたが、紛れもなくドラゴンスープレックスであり、破壊力抜群でした。

あとがき

炎の飛龍・藤波辰爾は、他にもドラゴンロケット(トペ・スイシーダ)やドラゴンスリーパー、滅多に出さないドラゴンバックブリーカー(笑)等、ドラゴン殺法はプロレス界の花形です。今も、俺たちの時代の長州、天龍、鶴田が引退している中、自身の団体であるドラディションで闘うドラゴンは素晴らしいプロレスラーです。

最後まで、御覧いただきありがとうございました。

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